線維筋痛症とは・・・
検査では異常が認められないのに、全身性の痛みを訴える患者さんに対して下される診断です。

下記の2項目を満たすものを線維筋痛症と診断します。
(1)下図の18か所の圧痛点のうちの少なくとも11か所に痛みがある。
触診の際、指診により約4kgの荷重をかけ、痛みを感じたものを圧痛点 陽性とみなす。
(2)少なくとも3カ月間、広範な痛みが続いている。
広範な痛みとは、痛みが体の左側と右側, 腰より上と下,体軸骨格 (頸椎,胸部前方,胸椎,腰)にある場合とします。

なお、これに加えて、検査で異常がないことを確認するため、画像検査や血液生化学検査を行ない、リウマチ性炎症疾患や甲状腺機能低下症などを除外する必要があります。

(参1)Wolfe F, Smythe HA, Yunus MB, et al:The American Collegge of Rheumatology 1990 criteria for the classification of fibromyalgia:report of the Multicenter Criteria Committee. Arthritis Rheum 33:160-172, 1990

 この病気は、線維筋痛症というものの、筋組織や線維組織に異常がなく、痛みがどのような病変から生じるのかは不明とされているため、診断はもっぱら症状のみによってなされ、治療も対症療法のみがなされている場合が多いかもしれません。
 対症療法として行なわれる薬物療法の治療成績は悪いことが多く、そのことは線維筋痛症が難病と言われる所以です。

 薬物の効果を調べた研究では、ほとんどが3か月以内という短期間の効果についてであり、三環系抗うつ剤(参1・2・3)やリリカ(参4・5・6・7)でわずかな効果が認められています。
 しかし、三環系抗うつ剤について6か月間の経過を観たものでは、最初にみられた効果は最後まで持続していません(参8)。

(参1)Littlejohn GO and Guymer EK. Curr Pharm Des 2006; 12: 3-9.
(参2)O’Malley PG et al. J Gen Intern Med 2000; 15: 659-666.
(参3)Arnold LM et al. Psychosomatics 2000; 41: 104-113.
(参4)Prescrire Rédaction Rev Prescrire 2008; 28(302 suppl.interactions medicamenteuses)
(参5)Crofford LJ et al. Arthritis Pheum 2005; 52(4): 1264-1273
(参6)Mease PJ et al. Rheumatol 2008; 35(3): 502-514
(参7)Arnold LM et al. Arthitis Rheum 2007; 56: 1336-1344
(参8)Carette S et al.Arthritis Rheum 1994; 37: 32-40

 鎮痛剤や向精神薬の投与は、効果がないことが多く、たとえ効果が認められても、これらの薬剤が耐性を生じることを考慮すると、効果は限定的であると考えられます。
 また、長期使用により交感神経緊張が持続する状態になり、むしろ症状をさらに悪化させる要因となります。
 そのため、限定的な使用に留め、効果が認められない場合や副作用が生じた場合は、直ちに中止しなければなりません。

 長期投与を行なった場合には依存性が生じ、投与を中止すると禁断症状が起こるため、効果がなくなっても中止することが困難になることがあります。

 心理的ストレスが関与している場合が多く、ストレスが減少すれば自然に痛みも軽減することがあります。
 心理的ストレスが継続し、症状が慢性化したり、頻繁に再発する場合は、認知行動療法などの心理療法が必要となります。

 慢性疲労が関与している場合は、十分な睡眠をとり、過労にならないような生活スタイルに変えていくことが必要です。

 同じ筋組織から痛みが起こる筋膜性疼痛症候群では、筋膜をはじめとするFasciaに病変を認め、その部位にある発痛源(トリガーポイント)を刺激して痛みなどの症状が再現されることで診断されます。超音波診断装置で見ると、Fasciaの重積・癒着像が観察できる場合があります。
 これらの病変は、Fasciaリリース(生理食塩水の注射や鍼を用いた治療)により改善が期待できます。
 線維筋痛症と筋膜性疼痛症候群の関連については、それぞれの疾患の専門家が行なう診断や治療に関する手法が異なるため、評価が一致しない場合があります。

■線維筋痛症の専門家の手法
診断:本人の訴える症状と圧痛の確認から行なわれる。
治療:薬物療法を中心に行なわれる。

■筋膜性疼痛症候群の専門家の手法
疼痛を誘発したり、筋を触診して病変を確認することにより行なわれる。
治療:筋に対する局所療法(Fasciaリリース)を中心に行なわれる。

 筋膜性疼痛症候群の専門家の立場から観ると、線維筋痛症の診断基準を満たすものでも痛みの原因となるトリガーポイントが確認され、Fasciaリリースにより改善する例を多く経験します。
 また、線維筋痛症の診断基準を満たさないものに対しても線維筋痛症の診断が下されていることがあり、正しいFasciaリリースがなされないまま、効果のない薬物療法が漫然と続けられている例にたびたび遭遇します。
 そのような例の多くは、Fasciaリリースで改善する症例である可能性があります。
 このような状況から、線維筋痛症は筋膜性疼痛症候群が慢性化して難治化したものではないかと考えられます。

 最近、線維筋痛症では脳に構造異常が起きているという仮説が提唱されています。
しかし、これは筋膜性疼痛症候群でも起こっていると考えられ、末梢神経が過敏になることに引き続いて起こる現象で、末梢の治療により改善するものもあることが判っています。(参9・10・11・12)。
 いずれにせよ、脳の構造異常は診断法や治療法がないため、まずFasciaリリースによる末梢の治療とともに、心理療法や生活指導などを行なうことが重要であると考えられます。

(参9)Staud R, Kizer T, Robinson ME: Muscle injections with lidocaine improve resting fatigue and pain in patients with chronic fatigue syndrome. Journal of pain research. 2017; 10: 1477.
(参10)Staud R, Weyl EE, Bartley E, Price DD, Robinson ME: Analgesic and anti-hyperalgesic effects of muscle injections with lidocaine or saline in patients with fibromyalgia syndrome. Eur J Pain. 2014; 18(6): 803-812.
(参11)Staud R: Is it all central sensitization? Role of peripheral tissue nociception in chronic musculoskeletal pain. Curr Rheumatol Rep. 2010; 12(6): 448-454.
(参12)Staud R, Nagel S, Robinson ME, Price DD: Enhanced central pain processing of fibromyalgia patients is maintained by muscle afferent input: a randomized, double-blind, placebo-controlled study. Pain. 2009; 145(1-2): 96-104.

 線維筋痛症と診断された場合でも、安易に薬物療法を行なわず、Fasciaリリースを治療の選択肢の中に入れておくことが必要ではないかと考えます。
 仮に薬物を使用する場合でも、Fasciaリリースで症状が落ち着くまでの期間に限定して使用すべきです。

 「Fasciaリリース」と「トリガーポイント治療」はほぼ同じものと考えて差し支えありません。筋膜などのFasciaの重積・癒着が見られる部位に分布する侵害受容器が(発通物質に感作されて)過敏になったものをトリガーポイントと呼びます。Fasciaリリースは、トリガーポイントの存在するFasciaの病変の治療に主点をおいた概念であり、トリガーポイント治療は、侵害受容器が過敏になった状態を改善させることに主点をおいた概念ですが、結果的に両者は、Fasciaの病変を改善させることにより、侵害受容器が過敏になった状態も改善させます。
 麻酔薬の注射によるトリガーポイント治療をトリガーポイント注射と呼びますが、これには注意が必要です。

 健康保険で行なわれているトリガーポイント注射は、「圧痛点に局麻剤を注射する方法」と定義され、「患者さんが一番痛い部位を聞き、その部位に注射する」と解説されています。しかし、痛みの発生源であるトリガーポイントは、離れた場所に痛みを発生させるため、患者さんが運動痛や自発痛として自覚する場所にはトリガーポイントは存在せず、そこに注射しても十分な効果は得られません。
 同様に、生理食塩水の注射によるエコーガイド下Fasciaリリースも、患者さんが一番痛い部位を聞き、その部位をエコーで見て生理食塩水を注射するのでは、十分な効果は得られません。
 患者さんが痛がる部位と、痛みを発生させているFasciaの病変部位は一致していないと言うことを忘れないでください。