1.一般的な帯状疱疹の痛みの考え方
帯状疱疹で観られる痛みは、一般的には図1のように、皮膚の病変が観られる急性期は皮膚・神経の炎症による痛み(侵害受容性疼痛)、皮膚の病変が治った後の慢性期は帯状疱疹後神経痛と呼ばれるように神経障害性疼痛と考えられています。
2.帯状疱疹後神経痛は実は神経痛(神経障害性疼痛)ではない
帯状疱疹後神経痛と呼ばれる慢性期の痛みのほとんどが実は神経障害性疼痛ではなく筋膜痛です。15年ほど前の日本麻酔科学会で、帯状疱疹の慢性期の痛みが筋膜痛であることが報告されていますし(参1)、同じころ私もそのことに気づき、筋膜痛の治療を行なってきました。
帯状疱疹の慢性期の疼痛は、その痛みについての問診、診察をきちんと行なうと、神経障害性疼痛ではないと考えられるものが多く存在します。神経障害性疼痛は、一日を通して症状の変動(日内変動)がなく、姿勢や動作に伴って痛みが変化することはありませんが、帯状疱疹の慢性期の痛みのほとんどはこれに該当しないからです。また神経障害性疼痛の特徴といわれている知覚過敏や知覚低下は、筋膜痛でもしばしばみられます。
慢性期にほとんど神経障害性疼痛が観られないのは、現在抗ウイルス薬が早期から投与されるようになったからかもしれませんが、私が帯状疱疹慢性期の痛みに対して筋膜痛の診断・治療を行なうようになったころには、すでに抗ウイルス薬が使われており、抗ウイルス薬が使用される以前の帯状疱疹慢性期の痛みがどうであったかは、今となっては分かりません。
(参1)帯状疱疹後の痛みに筋筋膜性疼痛としての治療が有効であった4 例 松崎由美子, 中村ミチ子, 大城研司, 鴛渕孝雄 済生会下関総合病院 日本ペインクリニック学会誌 9(3): 227 -227 2002
3.帯状疱疹急性期の痛みは炎症による痛み(侵害受容性疼痛)ではない
また、皮膚の病変が観られる帯状疱疹急性期の痛みも、実は皮膚・神経の炎症による痛みではない可能性があると、私は考えています。
今年私が診療した5人の帯状疱疹急性期の患者さんは、図に示すように皆皮膚にできた皮疹の部位には痛みは認められず、皮疹の見られない部位に痛みを訴えていました。すなわち皮膚の炎症部位に痛みがなかったことから、侵害受容性疼痛は除外されます。また、神経障害性疼痛は、炎症によって神経が破壊された後週週間から数か月後に発症するため(求心路遮断痛と呼ばれます)、これも除外されます。侵害受容性疼痛でも、神経障害性疼痛でもないとすると、侵害受容器が過敏になって起こる痛み(筋膜痛)である可能性が高くなります
このように、帯状疱疹の痛みは急性期も慢性期も、そのほとんどが筋膜痛である可能性があります。
4.帯状疱疹の痛みが筋膜性疼痛なら、なぜ知覚鈍麻や知覚過敏が起こるのか
トリガーポイントから発生する筋膜性疼痛は関連痛と呼ばれ、トリガーポイントから離れた領域(関連領域)に起こります。トリガーポイントが原因となって発生する症状は、疼痛だけでなく、様々な自律神経症状を含め非常に多彩です。
関連領域に起こる関連痛の多くは体表面ではなく深部に起こるため、患者さんの中には、骨が痛い、関節が痛いと訴えることがあります。このような痛みには、安静時にズキンズキンと痛む(自発痛)こともあれば身体を動かしたときにキヤッと痛む(運動痛)こともあります。トリガーポイントが原因で発生する症状は痛みだけではなく、関連領域の深部にある臓器の症状に、似ている症状が起こることがあり、耳鳴り、めまい、動悸、嘔吐、下痢などが知られています。一方、少数ですが、皮膚の表面に関連痛が起こる場合もあり、その場合の痛みは、ピリピリ、チクチクといった、一般に神経痛の痛みと考えられているような痛みが起こることがあります。これらは、神経自体を構成している結合組織線維や、神経の近くの筋膜などファシアに生じたトリガーポイントが、神経自体の刺激と類似の症状をきたすものと推察されています。
帯状疱疹による皮疹を認めない時期(皮疹がでる前の急性期、皮疹消退後)でも、皮膚がピリピリ、チクチク痛んだり、知覚鈍麻や知覚過敏がみられることはよくあります。
これらの事実と、トリガーポイントが原因で発生する痛みや自律神経・臓器症状はその発生する領域や深さによって様々であることを考え合わせると、その症状が体表面の皮膚に発生した場合、皮膚の痛み、知覚鈍麻、知覚過敏とともに、皮膚の交感神経緊張による血流低下に伴って、例えば皮膚の局所免疫低下等が生じ、その部位に後根神経節の交感神経細胞の中に潜んでいた水痘・帯状疱疹ウイルスが疱疹を形成するのではないかとも推測されます。つまり、帯状疱疹が原因と考えられている知覚鈍麻、知覚過敏という症状は、ウイルスによる炎症や神経破壊によって生じるものだけでなく、トリガーポイントの症状としても起こっている可能性を考えています。
5.痛みの診断が不適切であれば治療はうまくいかない
急性期の痛みは炎症による痛みと考えられているので、一般に消炎鎮痛剤の投与や硬膜外ブロックなどの神経ブロックが行なわれています。私が筋膜痛の診断・治療を行なうようになる以前に診療した帯状疱疹急性期の患者さんの中にも、神経ブロックや消炎鎮痛剤投与で痛みが改善しない方々が少なからずいましたが、これらの痛みが筋膜痛であったと考えれば納得できます。神経ブロックや消炎鎮痛剤投与で改善しない帯状疱疹急性期の痛みでも、筋膜痛の診断を行なって適切な治療を行なえば、改善する可能性があります。
帯状疱疹慢性期の痛みは、帯状疱疹後神経痛の診断のもと、硬膜外ブロックやプレガバリン、抗うつ薬などの薬物投与が行なわれていますが、これらの治療に反応せず苦しんでおられる方々が多くいらっしゃると思います。しかし、それは帯状疱疹後神経痛が難病であるからではありません。その痛みが神経痛(神経障害性疼痛)ではなく筋膜痛だからであり、問診や診察をきちんと行なって筋膜痛と診断されれば、痛みが改善する可能性は十分あります。
帯状疱疹慢性期の痛み = 帯状疱疹後神経痛、という固定概念は再考する必要があると考えます。帯状疱疹慢性期の痛みを神経障害性疼痛と決めつけず、筋膜痛の可能性を疑って、問診・診察を行なう姿勢が医師に求められます。
帯状疱疹急性期
抗ウイルス薬の投与
痛みに対しては筋膜痛の診断(罹患筋診断)を行なった上でトリガーポイント治療
帯状疱疹慢性期の痛み
筋膜痛の診断(罹患筋診断)を行なった上でトリガーポイント治療