1955年にSalaらは、アメリカ空軍に勤めている200人の健康な若者(17~35歳の男性100人、18~35歳の女性100人)を対象に行った調査において、45人の男性と54人の女性に、自発痛がないにも拘らず触診にて強い圧痛を生じる潜在性トリガーポイントがあることを発見したと報告しています(文献①参照)。
トリガーポイントとは、筋膜に形成された虚血性病変に伴って発生した発痛物質により侵害受容器が感作されたもので、感作によって過敏になった侵害受容器から関連痛として筋膜性疼痛が発生します。この報告は、筋膜の虚血性病変が形成されることと、筋膜の虚血性病変から筋膜性疼痛が発症することとは次元が異なることを示唆しています。すなわち、何らかの原因で筋膜に形成された筋膜の虚血性病変は、まず潜在的に存在し、その病変に別の何らかの要因(悪化因子)が作用し、活性化して活動性の病変となって初めて痛みなどの症状が発生すると考えられます。
このような考え方を図示すると以下のようになります。
筋膜の虚血性病変は、筋硬結あるいは索状硬結と呼ばれるような硬いしこりとして触知し、その部分を指で押さえると強い圧痛が生じるのが特徴です。筋膜性疼痛を訴えている場合、まず原因となっている筋を診断し、その筋を触診することによって、筋のしこりと強い圧痛を指標に、痛みの原因となっている筋膜の虚血性病変を探し出し、その部位の虚血を改善させる治療を行うことによって痛みを改善させることができます。その際、治療されるべき病変は活動性の筋膜病変であり、潜在性の病変に対して治療を行っても痛みは改善しません。冒頭で紹介した報告のように、痛みがない人においても体のどこかに少なからず筋硬結や圧痛は見つかるものですが、それらは潜在性の筋膜病変と考えられます。
一方、痛みが発症している人の場合、その痛みの出方などから原因となっている筋が正しく診断されれば、その筋の中に見出される強い圧痛を伴う筋硬結は活動性の筋膜病変である可能性が高いですが、筋硬結の部位を指で圧迫した際に、訴えている痛みが誘発されることがあれば痛みの原因病変であることが確定します。それらの病変を治療することにより、筋硬結と強い圧痛は改善します(ただし、注射針を刺した部位は軽い炎症が起こり、それに伴う圧痛が生じるため、治療部位の圧痛が完全に消失するとは限りません)。これにより、筋膜病変から発生していた痛み(関連痛)は改善しますが、複数の病変が関与している場合は、それらをすべて治療する必要があります。
一度治療を行った病変は虚血状態から解放せれるため、再びその部位に虚血性病変が形成されるまでは痛みがその部位から起こることはありません。にも拘わらず、多くの場合治療後数日して再び痛みが起こってきます。その場合の痛みは、未治療の病変から発生する痛みです。活動性の病変が治療されると、潜在性であった病変の一部が活性化して、入れ替わって痛みを発生させます。その場合、最初に活動性病変を治療した時点では、筋硬結や圧痛といった所見がほとんど認められないこともあり、活性化して初めてそれらの所見が顕性化してきます。このようなことが観察されることからみて、潜在性の筋膜病変というものは、必ずしも筋硬結や圧痛が認められるわけではないと考えています。
治療後に潜在性病変が活性化するまでの期間は、悪化因子の影響が強いほど短くなる傾向にあります。強い心因性ストレス下にある場合、治療後帰宅してすぐ、未治療の病変の活性化が起こって痛みが起こってくることもあります。入れ替わった痛みは、多くの場合徐々に軽くなってきますが、悪化因子の影響が強い場合は、まれに治療前より強い痛みが入れ替わって出てきて、治療によりむしろ悪化したような経過をとることもあります。その場合でも、原因となっている病変を見つけて治療を行うことにより改善させることができます。しかし、治療後の鎮痛期間が短い状態を繰り返す場合は、悪化因子に対するケアが必要となることもあります。
潜在性病変と活動性病変の関係は非常に流動的なことがあり、特に治療もしていないのに潜在化して痛みが消失することがあります。日によってあちこちと痛みが変化する場合は、複数の病変が潜在化と活性化を繰り返すことによると考えられます。これらは悪化因子である心理的・身体的要因や環境要因の関与の程度が変化することにより起こると考えられます。
このように、筋膜性疼痛の原因となる病変の形成と、その病変からの痛みの発症とはとは別次元の問題であるため、筋膜性疼痛の治療においては、病変形成の原因と痛みの発生の要因の両面から対処する必要があります。
[文 献]
①トリガーポイント鍼療法 77p P.E.Baldry著 川喜田 健司 監訳 医道の日本社刊 1995年
“筋膜性疼痛は潜在性の筋膜病変が活性化することにより発症する” に対して1件のコメントがあります。
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